Dimorphorchis lowii
(ディモルフォルキス・ロウィ)
ひとつの株に違った花が咲く。植物の分類は花の形態を基準におこなうので、こうなったら分類作業はお手上げになってしまうところであるが、今月の花は、そういう名前が付いたランである。
属名の「Dimourphorchis」は、Dimorphous(同種二形の)とOrchis(ラン)とい二語の合成語である。文献によっては、ギリシャ語の、Di(2つの)、Morphe(形態)、Orchis(ラン)の3語の合成とするものもあるが(Orchids of Brneo Vol.1)、英語の辞書で調べるには前記の方がわかりやすい。ようするに「同じ株に2種類の花が咲くラン」という意味である。
属名のとおり、ひとつの花茎に色と香りが異なり、形も少し違う花が咲くのである。


Dimorphorchis lowii(栽培・撮影:小林晃氏)

 ディモルフォルキスは、ボルネオ島特産のバンダ属に近い単茎種で、lowii(ロウィ)とrosii(ロッシィ)の2種が知られている。ロウィは、ボルネオのサラワク州(インドネシア)とサバ州(マレーシア)にまたがって分布しており、標高1,000m以下の熱帯林の高湿度な環境に生育している。一方、ロッシイは、サバ州のキナバル山麓の熱帯林に限定して分布している。
ディモルフォルキス・ロウィは、バンダに近い種であるが、きわめて大柄な植物体であり、リーフスパン1m、茎の長さ1.5m以上、茎の太さ5cm以上になり、深い峡谷に面した渓畔林や沼地林の樹木から水面に覆い被さるような樹木の大きな枝に下垂して着生している。根もバンダに比べて非常に太く、2cmあまりの太さになる。花茎は3m以上になり、花茎の付け根に近いところに6cmぐらいの黄色の花が1〜3個、その下の方に赤い花が20から30個つく。


黄色の花                  赤い花

黄色い花は、上の写真のよう赤褐色の斑点があり、裏側も黄色い。花は花茎の付け根に10cm程度の間隔をあけて1〜3個つき、生臭みを伴った甘い香りがある。 赤い花には、香りはまったく無い。花弁は内側が赤く白い不規則な線があり、裏側は白く花弁の外側が縮れて裏側に反りかえって咲く。黄色の花の一番下から20cmほど間をあけて付き始め、5cmおきぐらいに20〜30個あまり咲く。  この2種の花は、カタセタムのように「どちらが雌花でどちらが雄花である」という違いはなく、育った環境の違う株に別々に咲くということも無い。また、受粉に関しても、黄花の花粉を赤花に付けないと受粉しないとか、その逆もないようであり、この種の記載のある文献にも、そのような二つの花の受粉システムに関する記述は見られない。この花の発見は、1847年に遡るが、これまでそのような受粉システムに関する研究はなかったようである。下の写真は、黄花と赤花の蘂柱を比べたものであるが、撮影角度の違いはあるが、まったく同じような構造をしている。


黄花の蘂柱                  赤花の蘂柱

 栽培は、自生地の環境に合わせ、1年中18度以上の温度と80%以上の湿度と通気を保ち、パフィオ並みの遮光という、熱帯雨林のまっただ中のような環境で行うために困難であり、現地の蘭園でも10年育てて1回も咲かなかったと言うエピソードがある。
この記事を取り纏めるにあたって、開花株の取材をさせていただいて蘭友会ベテラン会員の小林晃氏によれば、マレーシアから直接入手以後、5年にして開花を見たそうである。その間、冬は温室の隣家の影になる部分の天井に近いところにつるし、夏は、地面から2.5mほどのつり棚に吊して管理していたと言うことである。
株は、リーフスパン80cm、長さ1m、根元の茎の太さ4cmであった。花茎は、別名「Low’s Necklace Vanda」と呼ばれていたほどで、思いの外やわらかく、風によくなびく。根は太くて固く直径1.5cm以上になり、リンコスティリス・ギガンテアやアングレカム・エバーネウムの大株のような根の状態なっていた。鉢は6号のプラ鉢、コンポストはマレーシアでよく行われているように炭の大割を使用している。
開花期は、通常、秋から冬であるが、小林氏宅では、7月中旬に花芽を確認し、その後、2本の花茎がするすると伸び始め、8月中旬ごろ1.5mに達し、黄花が開花し始めた。その後順次、赤花が咲きはじめ、9月5日頃、ほぼ満開となり、9月12日の取材時には、1本の花茎には黄花が3個,赤花が20個、ツボミが3個、もう1本の花茎には黄花が3個、赤花が23個、ツボミが3個の開花状況であった。その後、順調に咲いていれば原産地でのフルブルームに近い状態となる。
なぜ、花の色を変えてまで受粉戦略を工夫しなければならなかったのか?
なぜ、黄花に香りがあって赤花にはないのか??
赤花が自家受粉しても黄花が自家受粉しても子孫の形質は同じなのか???
はたまた、A株の黄花からB株の赤花に受粉しても同じ形質・性質の株になるのか????
小林氏宅で、そんな蘭談義をしながら写真を撮ったり香りを確認したりしていると、ますますあたまの周りに??マークが立ち上がるような摩訶不思議な蘭であった。下の写真は、みごとに満開となった小林氏の株である。



参考に、小林氏がマレーシアの植物園で取材してきた「Dimorphorchis rossii」の写真を掲載する。ロッシィの花色は、株に近い花が黄色、下の方が白で、形態はロウィとよく似ている。




ヂモルフォルキス・ロッシイ(撮影:小林晃)
(文・写真:三宅八郎)
参考文献
Orchids of Borneo Vol.1
Orchids of Sarawak
Manual of Orchids

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